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zoom RSS 平穏な日常、小さな幸せ

<<   作成日時 : 2018/03/13 17:17   >>

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今年の3月11日は日曜日でした。
早起きして海岸を散策、海辺のお店で朝ごはん。
老舗のこのお店は7時オープン。暖かくなると週末などは行列ができますが
今の時期はそれほど混まないのでのんびりできます
トーストセット、フレンチトースト、ハンバーガー、サンドウィッチ
朝からがっつりオムライスやカレーライス、パスタなどもあるけれど
この日は前日飲み過ぎ(3軒ハシゴ
家人も私も身体がお味噌汁を欲していたので迷わずシラス丼セットをオーダー
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食後のコーヒーを飲みながらゆっくり雑誌を読んだり海を眺めたりして
午前中早いうちに買い物も済ませて帰宅
私は家の用事、DIY大好き家人は先月から取り掛かっている外壁ペンキ塗り。
長〜く伸ばせる脚立まで購入してせっせと塗っています
お昼を済ませ、お互い用事を再開し
そして14:46。TVの東日本大震災の追悼会場の映像に合わせて黙祷しました。
その間、みさきはWCでチップをガサッガサッ
なぎさはゴハンをカリカリ、、、マイペースな姉妹。

7年前のあの日は金曜日。
晩に渋谷でバレエ(Kバレエカンパニーのピーターラビット。熊川哲也さんがピーターを
踊るというのですぐチケットを予約していましたが、幻の公演となりました)を観る予定で
遅くなるし翌日も休みだったので日比谷のホテルを予約していたのでした。
少し早めに東京駅に着いて構内を歩いていたその時
グラッと今まで経験したことのない大きな揺れに襲われ、思わず床にしゃがみ込みました。
その時は何処でどの程度の地震が起きたのかも知る由もなく
とりあえず向かっていたデパートの地下に行き
店員さん同士の会話で、東北の方で大きな地震があったことを知りました。
公演前に食べようと思っていたお弁当を購入してホテルに向かうと
周辺のオフィスビルから大勢の人達が外に出て来て日比谷公園に避難
歩道も車道も公園も人人人、、、尋常ではない光景で
その間も大きな余震が続き、歩道の縁石が動き、ビル屋上のクレーンが揺れ悲鳴が、、、
やっとホテルに着くと、ロビーは避難してきた人、部屋から出て来た人でいっぱい。
チェックインを済ませるもエレベーターは全てストップしており
スタッフの女性の誘導で非常階段から行くことに。
(非常階段も壁が剥がれ落ちて揺れの大きさを物語っていました)
部屋に入る前にビジネスセンターに案内してもらい、携帯も通じないので
そこの電話でそれぞれの両親に電話、無事を確認し私たちの状況を話しました。
その後、パソコンで情報収集してようやくとんでもない大地震が起きたことを知りました。
部屋に入ってすぐTVをつけると、目を疑うような津波の映像が、、、
あまりの驚きと恐怖で声も出ず、画面に釘付けになり、
これが今、現実に起こっていることなんだと頭では理解しようとしても
悪夢をみているようで、身体は硬直して涙が流れました。

何分かが過ぎて、家人が家に帰ると言い出しました。
その時、家にはみちおがいたからです。
東京駅から電車で1時間超の所にあったマンションがどんな状態になっているか
倒壊はしていなくても壁が落ちたり部屋の中の物が散乱しているかもしれず
1人でいるみちおのことが心配でいてもたってもいられませんでした。
でも、都内の電車は全てストップしています。
レンタカーで帰る!という家人、無理だよ!危ないよ!と反対する私。
いずれにしてもレンタカー屋さんにも電話は繋がらず、諦めざるを得ませんでした。
バレエはもちろん中止、今夜はホテル内に留まるしかない。
次に私達が取った行動は、、、食糧確保。
ホテル内のショップが臨時閉店を決めてシャッターを下ろしかけているところに
滑り込んで、ワインと、棚に残っていた缶入りクッキーを購入。
(こんな時でもお酒、しかもワインに合うようなチーズ味のクッキーを選んで)
お弁当とクッキー、ワインで少し気持ちが落ち着いた頃に
ホテル内のレストランが開店したので食べに行き(この記憶が私はありません)
明朝は早く出て帰ろうと、とりあえず休むことにしたものの
余震は一晩中続き旧館の部屋はミシッミシッと不気味な音をたてて
その度に恐怖で心臓がドキドキ、冷や汗が出て
家で怯えているみちおの姿を想像して殆ど眠れずに過ごしたのでした。

翌朝、早々と朝食をいただき、すぐにチェックアウト。
途中までしか運行していない電車を乗り継いで、徐行と停車で倍以上かけて
やっと最寄駅に到着、走って自宅マンションへ向かいました。
町の様子は普段と変わらず、マンションも無傷に見え、少し安堵しながら
みちお!帰ったよ!大丈夫?とドアを開けると、、、
玄関のマットの上に小さくうずくまっていたみちおが顔を上げて私を見ました。
その目は潤んでいて、昨日の地震発生時から度重なる余震の間
どれだけ怖くて、私達の帰りを待ち続けながらずっと泣いていたのかがわかり
家人と2人でみちおを抱きしめて、ごめんね、ごめんねと泣いて謝りました。
みちおの固く強張った身体と怯えた表情が治るのに暫くかかりました。


2011年3月11日、あの未曾有の大震災と津波で
私達の家族や親族、友人で命や家を失った人はいませんでした。
その後の原発事故で故郷を奪われた人もいませんでした。
家人の元同僚は結婚と同時期に仙台に転勤したばかりで
私の関西の友人は出張で仙台にまさに着いた時で
避難所となった寒い体育館で数時間過ごし
都心勤務の友人知人の中には7時間かけて歩いて自宅に帰った人も。
スーパーやコンビニからは商品が消え、ガソリンスタンドは長蛇の列
計画停電では多少不自由な経験もしました。
でも、私達は帰る家があり、ちゃんとした食事ができて
お風呂にも入れて暖かい布団で眠れました。
そして自粛ムードが薄れるにつれ元の生活を送るようになりました。
7年という月日が経ってもなお7万人余の人達が故郷や自宅を失い
長年培ってきた人との繋がりを絶たれたままだということを
3月11日の前から増えた震災に関する報道や番組で改めて知り
いつの間にか自分も、あの日のことを過ぎたことだと思い
今尚辛い思いをしている人達に思いを馳せることもしていなかったと
気付かされました。
住み慣れた家で家族と共に暮らせること、友人と会えること
美味しいものを食べて笑顔で過ごせる毎日。
そのどれもが当たり前ではないのですよね。
平穏な日常の中での全てのことが、かけがえのないもの
幸せなんだということを忘れてはいけない。
ネコ達の穏やかな顔を見てそう思った今年の3月11日でした。
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
未曾有の大災害、直接の被害に遭わなくても、つらい苦しい不安な日々を過ごしたことは忘れられません。
まだ復興にはほど遠い現状、心癒えない人たち、心を寄せていたいですね。そして、手に触れることのできる幸せを、祈りと共に、大切に過ごしていきましょう。
毎日ばらいろ
2018/03/14 01:34

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